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Stories of Manufacturing#05

目に見えないノイズとの
終わりなきたたかいEMC対策設計

ロームのEMC測定サイト

新幹線・新横浜駅から正面に見えるローム横浜テクノロジーセンター。ガラス面を多く用いた開放的なビルの1階フロアーを進んだ先の扉を開けると、独立した別施設であるかのようなエントランスがひらけ、廊下の先にいくつかの部屋が配されていることがわかります。
日々、社内の電子デバイス設計者をはじめ、取引先のお客さまも含めた多くの技術者たちが訪れるこの施設が、ロームの電子デバイス開発をサポートする「EMC測定サイト」です。

横浜テクノロジーセンター(神奈川県横浜市)、EMC測定サイト平面レイアウト

▲横浜テクノロジーセンター(神奈川県横浜市)
EMC測定サイト平面レイアウト

EMC測定サイトとは、多種多様な電気・電子機器や無線機器・情報通信システムなどから放射される電磁ノイズの影響を測定・試験するための施設で、日本品質保証機構(JQA)が運営する公的認定試験所のほか、大手電気メーカーや専門会社が持つ試験所が全国に点在しています。しかし、ひとつの半導体メーカーが自らの試験施設を設け、なおかつ継続的に運用している例は、日本国内では珍しいケースであるとのこと。

3m電波暗室

3m電波暗室
壁に三角形の電波吸収体を貼り付け、部屋内で電波の反射を起きにくくした設計

増加するノイズ源 / それに伴う開発工数

外部からの電磁波の影響を受けず、また同時に外部に電磁波を漏らさないように設計・施工された「電波暗室」を2部屋設けたローム独自の施設が作られたのは2009年のこと。
その立ち上がりの経緯を、当時からサイトメンバーとして従事する小川氏に聞いてみました。

小川

「2000年代に入ってからLSIの性能が向上し、高速かつ高周波で動作するようになったことから、あらゆる機器でノイズ発生量がどんどん増加してきました。自ずと民生機器メーカーから車載メーカーに至るまでの業界全体でその課題に敏感になってきたと同時に、電磁波を規制する国際規格もどんどん厳しく、そして細分化されていきました。

  

ローム独自の測定サイトを立ち上げた最大の理由は、何と言っても製品開発のスピード感だったと思います。開発製品のノイズに対して、開発段階から評価・見極めできる環境を持つことは、お客様の安心・信頼度にダイレクトに関わってきますからね。」

LSI事業本部 技術開発担当 回路技術開発部AFE・測定技術担当 測定技術課EMC支援Gグループリーダー 小川 修
LSI事業本部 技術開発担当
回路技術開発部 AFE・測定技術担当
測定技術課 EMC支援G グループリーダー 小川 修 小川 修

もともとLSIの設計エンジニアを経て現職に至る。測定方法の提案や回路設計へのアドバイスなどこれまでの知見が非常に役立っているという。

さまざまな電機・電子メーカーの開発部署にとって大きな不安定要素として影を落とし始めたノイズ問題。その背景には、「ノイズ問題が発覚するタイミング」があったといいます。

小川

「LSI単体の動作検証も終えた上で、いよいよサンプル品をお客さまのセットでの評価・・・
というタイミングでノイズ起因の不具合が見つかるケースが殆どなんです。
お客さまのセットの中には、他にどんな部品が、どんな位置で入っているか、正直わからない面もあるので、原因の特定さえ難しいこともあります。
いずれにせよ、その時点でLSI上で修正出来ることなどほぼ有りません。結局、手戻りして再度対策を講じた設計をしなければならない、ということになるんです。」

工数の増加、スケジュールの圧迫といった事態を回避するためにも、開発途中の早い段階において、精度の高いEMC測定を行う必要性が急速に高まってきたといえるでしょう。

2つのEMC対策と測定サポート

小川

「EMC対策設計としては、LSIが他からのノイズの影響で誤動作しないこと(イミュニティ=EMS)、もう一方は、LSI回路がノイズ源にならないこと(エミッション=EMI)、この2つに大別されます。私たちのEMC測定サイトではこの両側面から、依頼内容にあわせたさまざまな試験を行っています。」

2つのEMC対策と測定サポート

イミュニティ=EMS
エミッション=EMI
EMCはこの2方向から対策を講じる必要がある

また、車載電波暗室では、車に実装した配置や距離をワイヤハーネスとともに再現することで、ノイズの計測も実施。多角的な手法を用いながら、実装時環境を想定した精度の高い測定結果を実現しています。

車載電波暗室

車載電波暗室
車のボディを模擬した机の上にワイヤーハーネスを配置し、さまざまな車載規格試験を実施している。

小川

「設計者とは、現状の課題を共有しながら、まず、どんな測定を行うのが良いかを提案します。
その測定結果をもとに<なぜこんなにノイズが出るのか?><では、どういった方向でブラッシュアップしていくのか>といったコンサルティング的な立場で、設計者と膝を交えて話せることこそが、私たちの仕事の本筋だと思っています。」

LSI設計者と社内EMC測定サイトのエンジニアが一体となってひとつの課題に向き合うことで、より最短距離で求めていた結果に到達できるという「社内のEMC測定サイト」ならではの好循環が生まれているとのこと。
それでは、二人三脚の体勢から誕生した「超高EMI耐量オペアンプ」が製品化されるまでの経緯を、設計開発エンジニアの視点から具体的に語ってもらいましょう。

完全ノイズレスを追求した車載オペアンプ

槇本

「私が手掛けていますオペアンプという部品はセンサの微弱な信号を増幅させる部品なんですけれども、それがノイズを拾ってしまうことで、誤動作や誤判断を誘発して大きな事故にも繋がりかねません。
ですので近年、業界全体で<オペアンプという部品単体の高ノイズ耐性>への要望が急激に高まってきたんです。」

LSI事業本部 事業部統括 標準LSI事業部 商品設計担当 アナログ商品設計課 アナログ設計G 技術員 槇本 浩之
LSI事業本部 事業部統括
標準LSI事業部 商品設計担当
アナログ商品設計課 アナログ設計G 技術員 槇本 浩之 槇本 浩之

電気電子工学を専攻しICの故障診断に関する研究を行っていたという。入社後NFS(近距離無線通信)プロジェクトに加入し、無線給電規格の制定にも携わったという、少々異色の経歴を持つ。

近年の車は、幾つものECUによって温度や圧力や明るさといった環境変化をセンサで検知して制御しています。さらに自動運転やモバイル通信なども加わって、ありとあらゆるの電子部品が、小型化・高密度化されて搭載されているため、車内の電波環境・ノイズ環境は相当に厳しい状況だといわれています。

その条件下で「ノイズを受けても誤動作しない」オペアンプの製品開発に携わった槇本氏のチャレンジは、相当に果敢なものであったといえるかもしれません。

槇本

「確かに、ノイズ耐性を改善させるのは難しくてですね・・・、競合メーカーも手をつけられていない分野でした。正直、私自身も最初は絶対無理だと思っていたのですが、EMC測定サイトのメンバーが積極的に協力してくれたので、<とにかくチャレンジしてみよう!>という雰囲気になりました。」

超高EMI耐量オペアンプの開発時に実施した試験内容

超高EMI耐量オペアンプの開発時に実施した試験内容。あらゆるノイズに対応できる製品の力強いバックボーンとなった。

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この一連の試験を実際に行った担当者である技術員の黒川氏は、LSI設計者:槇本氏とのやりとりを、次のように振り返ってくれました。

黒川

「さまざまな回路案を試作品として電波暗室に持ち込んでもらって、測定・検証を繰り返す。そんな地道な取り組みが長い期間続いたのですが、ある日たまたま電波暗室のスケジュールの空きが生まれたタイミングで<滑り込み>のように試したひとつの試作品が、抜群のノイズ耐性を叩き出したのです。」

LSI事業本部 技術開発担当 回路技術開発部AFE・測定技術担当 測定技術課 EMC支援G 技術員 黒川 洋一
LSI事業本部 技術開発担当
回路技術開発部AFE・測定技術担当
測定技術課 EMC支援G 技術員
黒川 洋一 黒川 洋一

米国非営利団体 無線および通信分野技術者認定
iNARTE-EMC Engineerを取得

榎本

「まさか、あのやり方で・・!と周りも全員ざわつくような回路案だったのですが、通常のスケジュールだったら、ボツ案として試してさえなかった筈です(笑)」

もちろん、回路やレイアウト、素子サイズなどを徹底的に見直したからこそ実現できた結果でしたが、槇本氏か或いはEMC測定サイトメンバーの「強運」に導かれたような経緯にも少し驚かされます。
その回路案は、今では業界最高クラスのノイズ耐量を持つオペアンプ「EMARMOUR」シリーズへと結実し、多くのお客さまに採用いただいている製品として、現在も市場で活躍中です。

電波放射実験によるノイズ耐量比較

これまでノイズ設計にかかっていた工数や周辺部品の省スペース、コストダウン、さらにはセット設計の短納期化にも貢献

EMARMOUR イーエムアーマー™ 
https://www.rohm.co.jp/emarmour

スイッチングノイズとのたたかい

一方、エミッション(EMI)=自らがノイズを発生させないための対策についても、日々多くのエンジニアが、地道な努力を積み重ねながら取り組んでいます。

今回採り上げるのは、車載部品として使用されるDC-DCコンバータIC。
EV/HEVの普及や通信機器や各種センサといった周辺搭載機器の増加も相まって、車内の電圧変換は多岐に及んでいます。また、その変換効率や高速応答性についても、高い性能が要求されると同時に、製品自体の小型・軽量化も大きな命題となっています。

このような厳しい条件下での製品開発に加えて、安全上における大きな焦点として設計エンジニアの頭を悩ませるのが、スイッチングの際に生じる高周波ノイズです。
より高い周波数でスイッチングを行うほど、高速応答性や素子の小型化を達成しやすいのですが、スイッチング速度を上げれば上げるほど、ノイズも多く発生してしまうトレードオフの関係をいかに乗り越えるか?ということが設計エンジニアにとっては大きなミッションとなっているのです。

大下

「車載部品は特に、IC自体が小さいことが評価されます。いまの車には、そんな超小型のICが山のように搭載されていますので、それぞれが発生させるノイズによって誤動作してしまう危険性が、年々高まっているんです。」

LSI事業本部 事業部統括 電源LSI事業部 商品設計担当 電源LSI商品設計 1課 DCDC2G 技術員 大下  寛人
LSI事業本部 事業部統括
電源LSI事業部 商品設計担当
電源LSI商品設計 1課 DCDC2G 技術員
大下 寛人 大下 寛人

ビジネス・カジュアルが基本のオフィスで珍しいネクタイ派。そのクールな佇まいは、本人が描き起こす回路デザインの傾向にも反映されているのかもしれない。

落ち着いた口調でこう語ってくれるのは、電源ICを主なフィールドとする設計エンジニアの大下氏。
車両におけるノイズの影響は、ラジオ、GPSなど通信機器への妨害や感度悪化にはじまり、危険通知等にも関係するスピーカーへの影響、さらにはモータの誤動作にまで及ぶ可能性があるといいます。

2010年代後半には、IC自体をの2MHzの高周波で駆動したいというお客さまからのニーズと、業界の新たな車載基準「CISPR25」の制定が同時に押し寄せ、日々まさに格闘だったと振り返ります。

大下

「PC上での回路設計やシミュレーションでは達成していたはずのノイズ性能が、車に実装するとうまくいかない・・・また再設計してという繰り返しでした。やはりボードなどの周辺コンディションの影響や、部品の配置によって大きく変わってしまうんです。

  

そこで、20種類ぐらいプリント基板を作成して、それを電波暗室に持ち込んで計測しては、EMC測定サイトメンバーからアドバイスをもらい・・・ブラッシュアップする。といったことをずっと繰り返してましたね。」

DC/DCコンバータEMI測定

DC/DCコンバータEMI測定

▶放射エミッション ▶伝導エミッション電圧法 / 電流法
他の車載機器に対してノイズで干渉しないことを評価するために、いろんな角度からの検証が必要となる。

電波暗室での測定・分析だけでは留まらず、テストするボードを作成する段階から頻繁に設計エンジニアと意見交換を行う、ある意味もうひとりの設計者としての役割を担っているのがEMC測定サイトのメンバー。ノイズに関する知見だけでなく、ICそのものの特性や業界の動向にも深い造詣が求められるスペシャリストとして、今では半導体デバイス開発には欠かせない存在と言えるかもしれません。

LSI事業本部 技術開発担当 回路技術開発部 AFE・測定技術担人 測定技術課 EMC支援G 技術主査 木戸 克典
LSI事業本部 技術開発担当
回路技術開発部 AFE・測定技術担当
測定技術課 EMC支援G 技術主査
木戸 克典 木戸 克典

米国非営利団体 無線および通信分野技術者認定
iNARTE-EMC Engineer, EMC Design Engineerを取得

膨大なノウハウが支えるシミュレーションの発展

近年ではノイズ対策設計におけるシミュレーションへの期待値がどんどん高まっています。
より開発過程の上流でさまざまな課題解決を行うことで、スピーディーな製品開発とコスト削減を促す製造業の潮流は、誰もが疑う余地がないところです。
また、多くの半導体メーカーがノイズ対策の未来像としてシミュレーションで完結させる将来像を模索している現在、ロームでも部分的・段階的なステップを踏みながら移行していくビジョンを描いています。

LSIのEMC設計(ローム株式会社 稲垣 亮介 著)

LSIのEMC設計(ローム株式会社 稲垣 亮介 著)

ロームにおけるノイズ対策を第一人者として牽引してきたLSI事業本部 回路技術開発部技術主務 稲垣氏の著作。2018年発刊ではあるが、シミュレーションを軸とした数々の知見に溢れ、バイブルとしている設計者も多くいるという。

小川

「AIの進化や解析テクノロジーの応用と歩調をあわせながら、シミュレーション技術がどんどん採り入れられていくとは思いますが、そこまでの過程においても、私たちのような電波・ノイズの専門家に課せられた責任は決して小さくないと思っています。」

新世代のものづくりを牽引するキー・テクノロジーのひとつであるEMC対策設計への期待値は、今後ますます高まっていくことでしょう。
その中で私たちロームは何処に立ち、どんな世界を見据えているのか・・・?
その答えは、日々、目に見えないノイズとのたたかいを続ける中にこそあるのだ、というEMC設計エンジニアの面々、そして電子デバイス設計者たちの静かな決意が、未来への道程を明るく照らしています。

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