Stories of Manufacturing#08
夢と情熱とテクノロジー
そのすべてを封じ込めてLSIパッケージ開発
技術革新と加速するパッケージ開発
モニタ上に表示されるヒートマップ画像を取り囲むエンジニアの面々。
京都市内にあるローム本社内、LSIパッケージ開発部のオフィスでは現在開発中のICパッケージに関するチーム・ディスカッションが繰り広げられています。製造の過程でパッケージ内にかかる応力をシミュレーションしたデータをもとに、メンバーそれぞれからの見解やサジェスチョンが次々と行き交い、ミーティングは徐々に熱を帯びていきます。
シミュレーション・データの作成も、もちろん内製で。
パッケージ内部の状態をつぶさに視覚化/共有できることでチームとしての知見や精度も向上していくという。
設計開発の段階でシミュレーション技術を本格的に導入するようになって、この<手戻り>がぐんと減ったことで、開発のスピードが格段に上がりました!同時に開発プロセスの上流で正確なコントロールを行うことで、品質向上にもつながっていることを実感しています。」
LSIパッケージ開発部 部長 西岡 太郎
ロームが生産するICパッケージの種類は約900種にも及ぶ。
一つ一つの製品に対して高い品質と信頼性を担保することがLSIパッケージ開発部の揺るぎないミッションである。
西岡氏の言葉にもあるように、近年の技術革新に伴うIC開発のスピードは目覚ましく、それに伴うパッケージ開発も同様に市場原理の中で開発スピードとコストを競わなければなりません。
もとより、時代のニーズである▷ICの微細化 ▷高集積化 ▷高電圧化といった潮流から生じる▶耐圧 ▶放熱性 ▶ノイズ耐性などの課題への対応も欠かすことができません。更にはEV/HEV向けの車載部品や、AI技術に対応したIC開発ニーズに応じて半導体素子そのものの機能・性能も向上し続けています。
その進化した半導体素子のポテンシャルを余すことなく引き出し、尚且つお客さまのセット内で長い年月にわたって正確に機能させる。近年のICパッケージに寄せられる要求は際限なく、パッケージ・エンジニアの肩に掛かる期待値もどんどん膨らんでいます。
Flip Chip構造
ワイヤボンディングを用いずにフレームに直接接続。
高密度実装・信号伝達速度の向上を実現。
Ag焼結技術
チップの接合にAg(銀) による焼結を採用し高い導電率と放熱性を実現。
総勢40名足らずの精鋭部署であるLSIパッケージ開発部を率いる西岡氏は、そんな重圧を楽しむかのように話してくれました。
西岡
「確かにスピードを求められる仕事であることは間違いありません。ただ私たちは、単に製品としての良いものを作ったという結果だけでなく、なぜそうなったのか?理にかなっているか?というプロセスを含めた内容を重視しています。
それが組織として成長していく上で、重要なキーになっていくんじゃないかと考えています。」
ロームならではの強みを生み出すために
結果だけでなく、そのプロセスに重きを置くことで持続的な成長を促したい。
その思いはそのままLSIパッケージ開発部が採用する、ロームならではの組織体制にもつながっています。
西岡
「ロームのパッケージ開発における特長のひとつは、一人のエンジニアが幅広い知識とスキルを持つ<ジェネラリスト>で構成されている点にあります。実は以前は、ロームでもそれぞれの専門分野ごとの<スペシャリスト>を育てる分業制を採用した時期もありました。しかし、<一貫したコミュニケーションが欠かせない>という理由から一人のエンジニアが設計開発〜工場移管に渡るまで担当する現在の体制に戻りました。」
ここで注目したいのが、西岡氏が言うところの<一貫したコミュニケーションが欠かせない>というワード。
この言葉を紐解いていくと、ロームが採用しているIDM(垂直統合)体制との深い関わりと、パッケージ・エンジニア一人ひとりが責務を担う広大な守備範囲が見えてきます。
IDM体制 × 一貫したコミュニケーション
下図はロームの大きな特長のひとつ<垂直統合型の開発・生産体制> を採用したICの生産をフローにしたものです。
高い品質と安定供給を実現するため、一連の工程をすべて自社及びグループ会社で担う体制となりますが、工程の川上〜川下まで、すべてのフェーズでパッケージ開発が深く関与していることが分かります。
品質は設計で造り込む
このように<パッケージ・エンジニア>の職種領域は、製品が実際に作られる現場であるアッセンブリ工程に深く携わると同時に、製造時の品質管理にも大きく関与することがわかります。
<なぜそうなったのか?理にかなっているか?>というプロセスを含めて、各工程の担当者と深い意思疎通を図ることの重要性を鑑みると<その役目を一人のエンジニアが一気通貫で担当する>というローム独自の体制づくりの理由があらためて見えてきます。
西岡
「やはり、製造工程の川上から一つ一つの開発プロセスをブラッシュアップしていくことで「品質」を高めていく・・・
つまり、生産現場ではなく<設計で品質を造り込む>ことを何よりも心掛けています。」
一人で仕事をするより、チームで協力して仕事を進めることが好きだという西岡氏。人の適性をうまく活かすことへの魅力から<プロ野球の監督>が憧れの職業だ、と笑みがこぼれる。
ロームのものづくりを太い一本の線で繋げる<Front Loading>への取り組みと、いくつもの部署をまたいだ綿密な<すり合わせ>。
この揺るぎないコンセプトは、昨日今日に始まったものではないことを、ここで付け加えておきましょう。
西岡
「ここに至るまでには長年にわたる数々の試行錯誤があったのですが、我々には創業当時から自社で生産システムや金型を内製してきたというノウハウの蓄積という大きな財産もあります。
そういったモノをうまく活かしながら、時代が求めている思い切ったチャレンジに挑戦できる・・・!
そんな<匠の集団>でありたいですね!」
何よりもまず<現場>
在籍するエンジニアたちの声を聞いてみました。
住友
「もともと<応用科学>が専門分野だったんですが、製造装置の原理や構造を一つ一つ現場で学んでいきました。
<物事の現象を理解して、その対策と改善を繰り返していく>というステップは応用化学と変わりませんので そんなに苦心したということはありませんでしたが、自分で担当できるようになるまでには、かなり時間が掛かりました・・・!」
現在は、すべての工程に深く関わることで<ものづくり全体の最適化>を実現しやすいというメリットを感じていると語ってくれたのは、この道18年という住友氏。特にワイヤボンディング工程においては、高度な知見とスキルを持つ貴重な戦力としてさまざまな開発プロジェクトを牽引しています。
パワーPKG開発課 プロセス開発G 技術員 住友 芳
何事にも臨機応変に対応する柔軟な姿勢がモットー。
「どうせやるなら楽しく」百戦錬磨をくぐり抜けてきたからこそ出てくる言葉かもしれません。
ワイヤボンディングの工程だけにおいても製造条件出しであるパラメータの設定項目は100項目を超える数になるという。
ニ井
「いろんな部署からの要求や課題をすり合わせながら進めなければならないのですが、そこが腕の見せ所かもしれません。
憶えなければならない知識や技術が多くて大変ですけども、その分、製品になった時は、わが子のような気持ちというかエンジニアとしての達成感を感じますね。」
WLPKG開発課 FC1G グループリーダー 二井 瑛典
物理学者にあこがれて大学時代は物理学を専攻。
今でもノーベル賞の季節になるとワクワクするという。
<現場・現物・現実>この3つを合わせた<三現主義>という言葉を大事にしているというニ井氏。生産現場が海外の工場になるため気軽に行けないことが難点だが、できるだけ自分の目でモノを確かめたり、現地の担当者との直接の対話を心掛けているとのこと。
ニ井
「ただ、工場移管の際に2カ月ぐらいタイの工場に行きっぱなしの時期があって、ひとりでずっと部屋の中で製品解析を行っていた時は、さすがに寂しかったですけどね・・・(笑)」
製造工場と同等のレベルを完備した実験棟の試作品ライン。
決して気を抜けない研鑽と検証の日々から未来は生まれる。
LSIパッケージ開発部内の一室に設けられた解析室。
さまざまな角度からの精度の高い解析が求められる。
二井氏をはじめとする複数のエンジニアたちが共通して口にするのが「現場・現物」という言葉です。技術革新がいかに進み、高度な理論構築や精緻なシミュレーションが発展しても、現実の製造現場においては必ずしも理論通りにいかない部分が生じます。
そのような「ズレ」の可能性を彼らの体が自然に覚えているのかもしれません。それほどまでに、半導体の製造は物理的な環境や外的要因の影響を強く受け、往々にして思い通りに運ばないことを再認識させられます。
続いては、その分厚い壁をチーム一丸となってブレイクスルーしたエピソードになります。
世界初の技術へのチャレンジ
ロームが2016年に世界に先駆けて開発・量産化した車載用の絶縁ゲートドライバIC。モータ駆動用のインバータに搭載するパワーデバイスの特長に合わせて、その性能を最大限に引き出すためのアナログ制御を行います。
マイコン制御側の低電圧電源とモータ駆動用の高電圧電源とを絶縁しながら制御するのが特長で、これまで絶縁部に使用されていた光学式のフォトカプラから、磁気を使用したICコイルチップへとアップデートしたことで1パッケージ化を実現しました。
EV/HEVのモータ駆動を担うパワーデバイスを制御するIC。
複数ICが必要だった従来方式と比較し、飛躍的な小型化と応答速度を実現している。
菊地
「この製品には3つの素子が入っており、その中の絶縁素子と周囲の封止樹脂によって数千ボルトという耐電圧を実現しているのが特長です。もともと車載部品は厳格な安全性が求められますが、この製品はこれまでの前例が全く無い新しい製品でしたので、長年の使用に耐えうる製品信頼性を証明することに時間と労力を費やしました。」
パワーPKG開発課 GDICG 技術主査 菊地 登茂平
大学では薄膜の原子層成長とその解析手法を学ぶ傍ら、
人力飛行機サークルでものづくりに勤しんでいたという。
「絶縁ゲートドライバIC」は、次世代モビリティの中でも極めて重要なデバイスの一つとされています。
そのデバイス素子の開発には、LSIデバイス開発部と前工程プロセスを担当するローム浜松が一体となり、新技術の採用に挑戦しました。
この取り組みの詳細は、本コンテンツの#04<ウエハ製造プロセス>でもご紹介していますので、是非併せてご覧ください。
関係リンク先
Stories of Manufacturing #04 ウエハ製造プロセス
https://www.rohm.co.jp/company/about/stories-of-manufacturing/wafer-production
ゼロディフェクトへのあくなき挑戦
この新機軸の製品に対するお客さまの反応は、開発段階においては非常に慎重かつシビアなものでした。いうまでもなく、車載環境は温度、湿度、振動などの厳しい条件が常に存在するため、電子部品がこれらの過酷な状況でも長期間にわたり安定して機能することが求められます。更に、車輌の安全性に直接関わるため、長期間にわたる故障のリスクを極限まで低減する必要があります。
課題となったのは大きく2点。どちらもアッセンブリ工程の要のひとつである<モールド>に関係していました。
モールド工程は、封止材料であるエポキシ樹脂を使って、完成したチップを覆う工程です。チップ、フレーム、ワイヤ、その他の構成要素をしっかりと包み込み、外部からの物理的な衝撃や湿気、化学物質などの影響を防ぎます。
また同時に、デバイス素子が操作中に発生させる熱を効果的に放散し、チップの温度を安定化させる役割も担います。特に自動車部品では、厳しい温度条件で使用されるため、この放熱性能が信頼性に直結します。
タブレット状のエポキシ樹脂をポット内で溶融させ、プランジャで押し上げて左右の金型内に注入
その後、硬化させることでパッケージを成形させる工法。
菊地
「一つ目の課題は、パッケージの中の異物を極限までゼロに近づける作り込みです。」
製品内で▶絶縁破壊 ▶剥離 ▶クラック ▶ワイヤ断線などのトラブルを引き起こす原因となる異物やボイド(空隙)。
モールド工程では、装置の構造上、それらを完全に排除することが難しいため、装置のクリーニングやスクリーニング検査で対応することが半導体業界における周知の事実でした。しかし<本当に異物やボイドの発生を根絶することは出来ないのだろうか?>
これが、お客さまから提示された課題であり、一つ目の挑戦でした。
菊地
「異物混入を失くすためには、もちろん製造環境の改善も重要なんですが、生産工場だけでなく、材料・金型・装置メーカーにも何度も足を運んでディスカッションを重ねました。最終的には金型の機構自体だけでなくフレーム設計まで、従来のものから大幅なステップアップを実現させました。」
実験棟の製造装置で新開発の金型を使用して何度も試作品を作成し解析・検証を繰り返した。
今回の絶縁ゲートドライバICの開発過程だけにおいても、50件をこえる実用特許新案の申請を行っているという。エポキシ樹脂の材質や粘度といった物質特性から、注入のスピードや方向、製造装置のメカニカルな機構まで。幅広く深い知識と貪欲な探求心から生み出された技術は、お客さまからの要望にこたえる品質を生み出しただけでなく、今後さまざまな製品・工程に活かされていくことになりそうです。
前例がないものを証明するには!?
菊地
「もう1つは、エンドユーザーが長年使用しても絶縁破壊を絶対に発生させないという担保でした。」
わずか8mm角のサイズで<数千ボルト>の耐圧に<数十年>耐え続けることのできる電子部品・・・!
メーカー側の担当者がなかなか簡単には信頼してくれなかった、というエピソードも至極まっとうな対応であると言えるかもしれません。
それ程までに<常識はずれ>な製品を世に送り出そうというからには、認知してもらうためにはそれ相応の努力が必要でした。
具体的にはチップ内の樹脂部分(アイランド間)における絶縁破壊の可能性を排除する取り組みです。
【事例】
高電圧印加によるアイランド間絶縁破壊
>20,000Vrms
菊地
「何千ボルトの電圧を受け続ける樹脂・・・なんてこれまで全く前例がありませんでしたので、どんな論文を見ても信頼性を証明できるようなものは、この世に存在しませんでした。ですので、自分たちで絶縁試験の環境を構築して、意図的に樹脂の中に異物・ボイドを造り込んだ製品をわざわざ作って、それを使った耐久試験を繰り返しました!」
実験棟に作り込まれた絶縁寿命試験の環境。
超高電圧印可の試験前にセットアップを確認。
菊地
「当初は試行錯誤の連続でしたが、最終的に絶縁理論を確立することができて、自信をもってお客さまに使っていただける製品になったことが、何よりも嬉しいです。」
上記試験をさまざまな条件繰り返すことで、製品の信頼性を絶縁理論として証明できた。
菊地氏の言葉にもあるように、いまでは世界シェアの約60%※を獲得するに至ったロームの絶縁ゲートドライバIC。
(※ 2024年現在 トラクションインバータ向け・磁気式・容量式 /ローム調べ)
ここまでの開発の歩みを振り返ると、これらの成果・結果が一朝一夕で得られるものではないことが改めて感じられます。本コンテンツの冒頭では<開発スピードとコストを常に競う>という観点からパッケージ開発について考察しましたが、それはあくまでも一側面に過ぎません。実際には、長い時間軸の中で培われていた組織の<地力>もまた非常に重要であることに気付かされます。
菊地
「パッケージ・エンジニアの仕事は、ただ求められた製品をつくるのではなく、次につながる技術やノウハウを得ていく・・・
日々新しいことへの挑戦です。」
若い世代のエンジニアにも間違いなく根付いている「ロームのものづくり」の精神。
その一端が垣間見えるこの言葉が、未知の地平へと歩み続けるエンジニアたちにとって羅針盤となることを願って。
西岡
「このようなシミュレーション・データを本格的に活用するようになったのは、ここ5〜6年のことでしょうか。
それまでのパッケージ設計は、長年にわたって積み上げてきた経験とノウハウに頼る部分が多分にありました。半導体素子はセンシティブで、製造工程も非常に複雑ですので ▶試作品を作って ▶不具合が見つかって ▶解析して ▶その対策を講じるといった<手戻り>がどうしても発生していました。